高松神明神社(高松殿跡)
京都府京都市中京区姉小路通新町西入津軽町
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  高松殿は、醍醐天皇の皇子、西宮左大臣と呼ばれた源高明の邸宅で、高明の娘・明子は当所に住して、高松殿と称され、後に藤原道長の室となりました。

娘の寛子と結婚した三条天皇の皇子・小一条院の御所ともなりましたが、のち焼失しています。

久安2年(1146)、鳥羽上皇の命より新造され、近衛天皇の内裏となり、久寿2年(1155)には、後白河天皇が当所で即位し、高松内裏とも呼ばれていました
  
  保元の乱(1156)には、崇徳上皇方の白河北殿に対し、後白河天皇の本拠地となり、源義朝や平清盛らの軍勢がここに参集し、白河の地へ攻め込み勝利しています。

平治の乱(1159)で御所は焼失し、邸内に祀られていた鎮守社高松明神は現在も高松明神神社として残っています。

『現地案内を参照』
  
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