穴太寺(あなおじ)
京都府亀岡市曽我部町穴太東辻46
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  西国三十三所観音霊場の二十一番札所です。

宝徳2年(1450)にかかれた「穴太寺観音縁起」によると、文武天皇の慶雲年中(704−708)、大伴古麻呂大臣が薬師如来を本尊として開創したと云われています。

当時、早くから世に知られるようになったのは、聖観音像にまつわる「身代わり観音」の霊験?によります。
  
  応和2年(962)、丹波桑田郡の宇治宮成が京都から仏師感世を招き、金色の観音像を造立しました。

鎌倉時代後期には、三十三所観音霊場の一つとして上げられ「一遍上人も当時に参詣して逗留しています。

室町時代には山門西塔院の末寺になり、室町将軍足利氏の庇護を受けています。
  
  天正年間(1573−92)に兵火にかかり、伽藍は荒廃し、十七世紀中頃、初代行廣が住職に就いて、再興を行いました。

釈迦如来涅槃像 (ねはんぞう:なで仏)は全国にも6例しかない貴重な仏像で、自分の体の悪いところと同じところを撫でてお願いすると、霊験があると云われています。

『現地案内を参照』
  
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