安国寺
京都府綾部市安国寺町寺ノ段1
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  正暦4年(993)頃、安国寺は地蔵菩薩を本尊として開創されたと云われ、もとは光福寺と称しました。

建長4年(1252)、勧修寺重房が上杉荘を賜り、これより「上杉」を姓とするようになりました。

その後、光福寺は上杉氏の菩提寺となり、釈迦三尊を合わせて祀ります。

重房 - 頼重 - 娘・清子が足利貞氏に嫁ぎます。
  
  清子は出産のため故郷の丹波に帰り、安国寺の門前の別邸に住んで、当寺の地蔵菩薩に安産を祈願し、嘉元3年(1305)に尊氏を産んだ云えています。

その時の産湯としてこの井戸が使用されたと云われています。

ちなみに、重房の子・重顕の子孫は扇谷上杉家となり、頼成の子孫は千秋上杉家となるのです。
  
  嘉元3年(1305)、足利尊氏の誕生によって当寺は上杉氏、足利氏の尊崇を受けるようになりました。

歴応元年(1338)、足利尊氏は、夢窓疎石の勤めによって、元弘の戦乱以降に亡くなった多くの戦没者の霊を慰めるため、国ごとに安国寺・利生塔を建立するにあたり、光福寺を丹波の安国寺とし、諸国安国寺の筆頭におきます。
    
  向かって左は尊氏の母・清子、中央が尊氏、右は妻・登子の墓と云われています。

尊氏は延文3年(1358)4月30日に54歳で、妻は貞治4年(1365)5月4日に60歳で亡くなっています。

尊氏と登子の遺骨は、2代将軍義詮によって安国寺に奉納されたと記されています。

『現地案内を参照』
  
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