法住寺
京都府京都市東山区三十三間堂廻り665
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  永祚(えいそ)元年(989)、右大臣・藤原為光が、その夫人と娘・?子(よしこ:花山天皇女御)の菩提を弔うために建てました。

当時は、北は七条通、南は八条通、東は東山山麓、西は大和大路に及ぶ広大な地域を占めていました。

保元3年(1158)、後白河天皇は法住寺の地を院の御所と定められ、上皇となって住まわれます。
  
  後白河天皇法住寺陵

本尊の不動明王像(身代り不動尊像)は、方除け(ほうよけ:方位の障りや家相の心配がないように祈願すること)の像として朝野の信仰を集めました。

後白河天皇は守護仏として崇められ、法住寺を復興されたのも、二の像の霊験を体験されたからと云われています。

『現地案内を参照』
  
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