平安宮 内裏承明門跡

京都府京都市上京区下立売通浄福寺西入南側
京都府の平安史跡1

  
この付近から北方一帯は、平安宮(大内裏)の天皇の居所である内裏跡にあたり、平安時代の遺構は敷地南寄りで凝灰岩の切り石及び河原石を並べた幅約80cmの東西方向の新旧遺構が検出され、内裏正門の建礼門の内側内側に承明門の北側雨落溝跡(雨水の排水溝)と判明しました。

この溝を境にして北方は、白砂が敷かれた状態で見つかり、内裏正殿である紫宸殿の前庭は白砂が敷かれていたことが明らかになりました。

 
この雨落溝跡北方では、南北一直線上に4箇所の地鎮め遺構が検出され、さらに据え置かれた土師器皿数枚の上に倒れた状態の壺も検出され、輪宝上面などには金粉、銀切板、琥珀片、ガラス玉、ガラス片、珊瑚片など、儀式の際にまかれた宝物なども見つかっています。

この地鎮の遺構は、火災後に再建され天皇の新居入宅の際に行われたもので、天台密教の安鎮法による儀式で行われたことを示し、地鎮め時点の記述や同時に出土した土器の編年から、延久3年(1071)の後三条天皇遷御の時のものと考えられています。

『現地案内を参照』

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