花山院家邸跡

京都府京都市上京区京都御苑内
京都府の平安史跡1

  
公家の家格として、一番上の摂家(近衛家・九条家・二条家・一条家・鷹司家)があります。

その次に清華家(三条家・西園寺家・徳大寺家・久我家・花山院家・大炊御門家・今出川家)がありました。

藤原北家の藤原道長の孫・関白師実の二男左大臣・家忠は花山上皇御所であった東一条殿を拝領し、花山院(かさんのいん)の祖となりました。

 
花山院家の2代目は家忠の子・忠宗で、3代目が孫の忠雅(ただまさ)で、その子・兼雅と平清盛の娘を結婚させました。

仁安2年(1167)、清盛が太政大臣になり、清盛が退任後に忠雅は親戚関係であることを利用して太政大臣となるのです。

『現地案内とWikipediaを参照』

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