今浜城

滋賀県守山市今浜

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JR守山駅から北西の11号線を琵琶湖に向かって南へ走ります。

琵琶湖大橋へと続く国道11号線となる、「洲本町」交差点を北へ、まもなく323号線を西へ入ると、明冨中学校の西北には今浜城(いまはま)がありました。
  
   
大槻氏城からすぐ北だけど、一旦8号線を東へ、「洲本町」まで戻ることにした。 ここは樹下神社、今回は寺社ばかりかな。

ここから琵琶湖対岸の山が見える、かすみ雪がまばゆい。 でもお満の話、すごいよね。 次は少し東の矢島館だよ。
 
  
昔、お満という娘が琵琶湖の対岸にある鏡村へ興業に来た力士の八紘山を恋しく思います。

力士は「それほど私が好きなら、百夜の願行が成就すれば、妻にしてやる」と言いました。

毎夜、お満は人目を忍んで今浜の燈篭崎から、たらいで対岸に通い始めます。

やがて九十九夜を迎えた時、八紘は恐ろしくなり、目印の灯明を消したところ、暗闇の中で行き先もわからぬお満のたらいは、琵琶湖の水中に沈んでいったのです。
   

    
後醍醐天皇は新田義貞・足利尊氏らと共に鎌倉幕府を倒幕、のち建武の新政を行います。

しかし、尊氏の反乱によりわずか二年で滅びるのです。

建武二年(1335)、足利尊氏についた六角氏頼は、奥州から攻めてきた北畠顕家軍を阻止しようと、観音寺を砦として利用したのが観音寺城の始まりと云われています。

建武三年(1336)、尊氏は室町幕府を開くと、後醍醐天皇は吉野に移り、ここに南北朝の対立が始まるのです。

『城郭総合辞典 滋賀の城郭』より

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