琵琶湖を歩く 10日目

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草津〜栗東
暑いし、足が痛いし、でも他にすること無いからね。

草津から琵琶湖を北へ歩きたいけど、線路から離れたところにお城が沢山あるんだ。

なかなか進めないよ。
  

    
    
「草津宿」

JR草津駅を出たところ。

今回はお城など、寺社仏閣が多いかな。

   
    
「小槻神社 青地城」

草津駅から東へ3kmぐらい、神社や志津小学校あたりがお城だよ。

鎌倉初期、当地の土豪・小槻氏は近江守護・佐々木定綱の五男馬淵定広の四男基綱の養子になって青地氏を名乗るよ。

ややこしいね。

    
    
「栗東八景 積日の海道と城跡」

城跡とあるけど、よく見てもお城が書いていない。

なんで、と周り見ても、歩いている人はいない。

ましてや城跡を探して歩いている人は、一年に2、3人じゃないかな。

     
     
「十二将神社 山寺城」

宇野喜十郎盛親のお城と云われ、その子孫は膳所藩の志津郷代官になっているよ。

お腹が痛くなってきたよ。

      
     
六地蔵は草津宿と石部宿の中間で、「間の宿」として栄えました。

江戸時代、旅人たちのために道中薬を売る店が数軒あります。

   
    
「旧和中散本舗 大角家住宅」

大角家は胃痛や歯痛などに効く「和中散」を売る本舗。

野洲郡の永原御殿に滞在した家康が腹痛を起こして苦しんだ時、和中散でたちまち治ったそうです。

     
 
「福正寺 六地蔵城(ろくじぞう)」

南北朝時代、六角氏の家臣・高野氏のお城だよ。

永正年間(1504-21)、高野甲斐守が大津市の窪江城に移ると、青地氏の家臣・林土佐守が入るんだ。

ここも信長により廃城になったのかな。

   
  
「永正寺 鈎陣屋(まがりじんや)」

室町幕府九代将軍・足利義尚がここに陣を構えたんだ。

応仁の乱で、近江守護・六角高頼が勢力を持ち、公家・神社・奉公衆領を侵略した。

義尚は高頼を討つために、ここまで来たんだね。

   
    
「大宝神社 綣村城(へそむら)」

JR栗東駅のすぐ西、足利氏や近江守護・佐々木氏の庇護を受け、この地の青地城の小槻氏が修復したといわれている。

へそむらとは面白い名前だね。 家臣そろってお腹押さえて、笑っていたのかな。

   
 
すっかり田植えの季節。

琵琶湖一周はいつから始めたのかな、10日目だから、ほぼ2ヶ月前だよね。

毎週来てるのかな、他にすることないのかな。

お腹も治ったし、他にすることも無いみたい、帰ろかな。

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