琵琶湖を歩く 18日目

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稲枝〜河瀬〜南彦根(東側)
お城づくしだね。

稲も少しづつ大きくなる頃の琵琶湖。

出雲の覇者尼子氏の発祥の地だよ
  

    
    
「肥田城跡」

稲枝駅から歩くと、この碑の手前に「山王祠」の案内がある。

その辺りがお城の中心らしい。

高野瀬隆重が築城、六角氏の攻撃を受けるも失敗。

永禄12年(1569)、信長により開城します。

   
    
「崇徳寺」

肥田城主の菩提寺。

高野瀬重、秀隆、蜂屋頼隆、長谷川秀一の肖像画がある。

そして高野瀬累代、蜂屋氏、長谷川氏のお墓もあるよ。

東の高野瀬城に行くね。

    
    
「高野瀬城跡」

肥田城から10分ぐらい、国道8号からストアの看板が見える道を東へ、こんもりした森の南側の細い道だよ。

愛智氏の流れをくむ高野瀬氏は、京極氏に従います。

大永5年(1525)、伊庭氏や九里氏と対立していました。

     
     
「伊藤忠兵衛 記念館」

近江鉄道「豊郷駅」のすぐ西だったかな。

伊藤忠商事、丸紅の創始者の生まれた地だよ。

伊藤忠は人の名前と思っていたけど、忠兵衛さんだったんだね。

      
     
ひたすら北へ歩くよ。

暑くなってきた、稲も少しづつ大きくなっている。

   
    
「八町城」

集落の西に白山神社、北には常禅寺あたりがお城だった。

永正年間(1504-21)、渡辺隆が入り、浅井氏に従って六角氏と戦うんだ。

でも信長により滅ぼされるんだね。

     
 
「目加田城」

八町城から南へ1kmぐらいかな。

佐々木氏の重臣・目加田氏が築城します。

天正10年(1582)、本能寺の変で光秀に加担したことから、秀吉に知行を没収されてしまうよ。

   
  
「下之郷城」

南の目加田城から遠い道を歩いてきた、集落の南に碑がある。

多賀氏、二階堂氏の名がありますが、詳しいことは分からないです。

集落は、曲がりくねった道、水路と水車がある。

もう少し北の出雲の大名まで歩いて行くよ。

   
    
「尼子城堀跡」

南の下之郷城からすぐ北、

ここは探しに探したよ。

集落を三往復したかなぁ、ここを見た時、足はふらふらだったね。

   
 
「尼子氏発祥の地」

京極家第5代、「バサラ大名」として名を轟かせた京極高氏(道誉)の嫡孫・高久が尼子氏と称します。

戦乱で一族家臣たちは四散、山陰の分系の雲州尼子氏を頼ります。

感動のあまり、河瀬駅までの予定が、南彦根まで歩いてしまったよ。

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