琵琶湖を歩く 20日目

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彦根〜田村
久しぶりの琵琶湖畔。

出ました、ひこにゃん、うれしいな。

帰りのホームはさびしいよ。
  

    
    
ひこにゃんに出会うと彦根に来たように感じる。

今や彦根城とともに有名。

実際、「ひこにゃん」と「くまモン」ぐらいじゃないかな。

   
    
彦根城だね。

今回は遠巻きに眺めるだけ。

でも国宝は、どこから見てもきれいです。

    
    
久しぶりの琵琶湖畔です。

さざなみ街道を歩きます。

ここは瀬田唐橋から63kmぐらい。

     
     
「朝妻神社石塔」

鎌倉時代後期のものらしい。

宝篋印塔は、元々「宝篋印陀羅尼経」というお経を納めるためのものだそうです。

      
     
「朝妻城」

朝妻神社あたりが城跡。

小谷城主・浅井氏が六角氏に対抗するため、太尾城・磯山城・佐和山城とともに築いたお城です。

天文年間(1532-55)の頃は、新庄蔵人がいたらしいよ。

   
    
朝妻の湊は、奈良・平安時代から北近江、美濃、信濃から朝廷に献上品を運ぶため「大膳職御厨(朝廷の台所)」がおかれます。

明治18年、JR米原駅ができて、湊も廃止されました。

     
 
山内一豊の母「法秀院」は、尾州黒田城が信長軍の夜討ちで落城した際、夫「盛豊」を亡くします。

三男「一豊」を連れて落ちのび、当地の長野家に身を寄せました。

   
  
「法秀院の墓」

後に、妻千代の「内助の功」を得て、立身出世をとげ、土佐藩主となり、晩年を迎えます。

一豊の死後、土佐藩が母の墓を当地で探し出したことが、長野家の資料に残されているそうです。

   
    
この辺りに来ると、いつも伊吹山とこのドームが見えてるよ。

いったい何をするところかな。

あまりにも風景とマッチしていないのが、いいところだね。

   
 
田村駅、誰もいない。

ススキもゆれる、秋ですね。

一人待つホーム、これがたまらなく、さびしくて・・。

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