大垣城
岐阜県大垣市郭町

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  JR米原駅から6つ目の大垣駅で降ります。

駅から南へ歩いて10分、水まんじゅうが美味しい城下町、そこには大垣城(おおがき)がありました。

2006年7月、ついに梅雨も開けました。 真夏の太陽はすぐ近く、青春探索シリーズは大垣からだよ。

 
  青春キップ、神戸・大阪・京都・琵琶湖・米原・関ケ原を走る電車、三時間やっと着いたよ。

昭和11年に国宝に指定された、でも昭和20年の大垣空襲で焼失したんだ。

これは昭和33年に再建された天守閣だね。
 

 
大垣城は古く応仁年間には東大寺城と呼び、当時の城主は大井荘のうち石包名(いわかねみょう)という地域の代官職をしていた大垣氏であったようです。

そこでこの城を大垣城というようになり、その後、天文四年には宮川安定が城郭の建築工事をほどこしています。

天正十三年(1585)、九月秀吉は一柳直末を大垣城主として天守閣の造営を命じました。 この工事は天正十六年七月になって完成、その後、この天守閣は四層四階建て総塗りごめ様式でたいへん優美な城として歴史のうえからも貴重なものでした。

『現地案内を参照』

 

  
  「旧柳口門」

寛永十二年(1635)、兵庫の尼崎城から戸田氏鉄(うじかね)が入り、戸田氏大垣藩は明治の版籍奉還まで続きます。

大通りの店先は水の音、水まんじゅう、水ようかん、美味しそう。

売る物全てを外に並べた雑貨屋、気になるけど、ざるソバ食べると隣の奥に御門が現れる。
 
石垣
 

友が会う度に言う、小学の頃、大垣城の石垣に登って遊んだと。

ひょっとして戦後まもなくの話かな、これぐらいだと今でも登れそうだよ。 

小学生の夏休み、何してたのかな。

守れない時間割り作り、出せない貯金箱、瓦が目立つ神社の絵画、夕暮れ暗くて見えないかくれんぼ、夕焼け小焼けで「また明日」だね。


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