三草藩陣屋
兵庫県加東市社町上三草

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  国道372号線で、社町で中国縦貫道路を越えてから1kmほど行くと、「やしろ国際学習塾」があります。 その辺りが三草藩陣屋(みくさはんじんや)です。 もう少し行くと、源平合戦で源義経が戦った、三草山城の古戦場跡があります。

この三草の地は、都と西国を結ぶ丹波道があり、交通の要衝であったことから、中期には赤松一族が山城を築き、近世には陣屋が置かれてたのです。

 
武家屋敷旧尾崎家
  学習塾の裏には三軒の武家屋敷があり、その内の一軒は、土日祝日のみ一般に公開しています。

尾崎家は、藩の大目付であった30石取りの藩士・尾崎弥一郎の末裔です。

屋敷門、土塀、納屋、井戸端や、各部屋にある生活用品、台所、お風呂などからも、江戸時代終り頃の、武家の生活が偲ばれます。
 

 
江戸時代中期の寛保二年(1742)、丹羽薫氏は播磨国加東・加西・多可郡と美嚢郡内で禄高1万石の三草藩を成立させ、この地に陣屋を構えました。

尾崎家は藩の大目付であった30石取りの藩士・尾崎弥一郎の後裔です。

住宅は、一部に拡幅が見られるほかは改変が少なく、正面の式台まわりなどに昔の武家屋敷の面影が良く残っています。

また、屋敷門、土塀、納屋、井戸端などからも江戸時代終わりごろの武家生活が偲ばれます。

『現地案内を参照』

 

  
三草陣屋跡の石碑
  学習塾の玄関前にある「三草陣屋跡」の石碑です。

陣屋の工事は、赤穂義士の神崎与五郎の弟・光隆があたり、延享三年(1746)に完成しました。

近くにある稲荷神社は、江戸桜田門外に祀られているのを、藩主がこの地に移したといわれています。
 

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