高砂向島砲台場
兵庫県高砂市高砂町向島

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  山陽電鉄「高砂駅」から南へ、北本町交差点から東へ進み、加古川を渡る相生橋の西岸を南へ曲がり、高砂大橋手前でそのまま高砂海浜公園へと向かいます。

公園の西側の突堤へ歩くと、高砂向島砲台場(たかさごむこうじまほうだいば)の説明がありました。

 
  公園の駐車場から西南へ、松林の中を歩くと、突堤の手前に祠があります。

随分前から見ていたのですが、案内が設置され、ようやく砲台場の跡地と分かりました。
 

 


文久3年(1863)、加古川河口に広がる中洲の向島南端に築かれた台場で、当時は大砲が3門据え付けられていました。

高砂向島台場築造以前は、下流側に川口御番所、より上流側には常番所(高砂常番所)の2個所の番所を設けて高砂江の警備にあたりました。

また文久4年(1864)には、台場の西隣に湛保(たんぽ:人造の港)が築造され、祠には港の施設などを築いた三代目工楽松右衛門らの名前が刻まれています。

この祠は、西側対岸の南材木町にありましたが、昭和4年に移築されています。

現在も堤防の基段部分に当時の湛保の石垣が残っているのです。

『現地案内を参照』

 

  
 

北前船が日本文化遺産に認定され、松右衛門帆を発明した工楽松右衛門旧宅が整備されました。

司馬遼太郎の淡路の高田屋嘉兵衛の話「菜の花の沖」で登場してくるよ。

高砂は昔から変わらない街だけど、高砂神社、十輪寺、そして工楽松右衛門旧宅があれば、街並み散策も楽しめるようになってきたよね。

 

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