鼓ヶ岡木丸殿
香川県坂出市府中町

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瀬戸自動車道「坂出IC」から国道11号線を東へ、城山城の東には鼓ヶ岡木丸殿(つづみがおか)がありました。

2009年8月、讃岐の夏も終わりだね。 崇徳上皇の想いがいっぱいなんだよ。

 
 

古代山城の城山城から東へ走る、まもなく城山神社。

そのすぐ南には鼓岡神社、保元の乱に敗れた崇徳上皇は讃岐へ流され、鼓岡にある木丸殿に移られた神社だよ。

「啼けば聞く 聞けば都の恋しきに この里過ぎよ 山ほととぎす」

この歌が物語っているよね。

 

 


保元平治の昔、崇徳上皇の行宮木の丸殿の在ったところで、長寛二年(1164)八月二十六日崩御されるまでの六年間余り仙居あそばされた聖跡でした。

建久二年(1191)、後白河上皇近侍・阿闍梨章実、木の丸殿を白峯御陵に移し、跡地に之に代わるべき祠を建立し、上皇の御神霊を奉斎し奉ったのが鼓岡神社の草創と云われています。

『参考文献を参照』

 

  
  都が恋しく、せめて自分が書き写したお経だけでも都に納めたいと切願します。

でもこれを持ち込むことすら許されず、送り返されてくるのです。上皇は都の貴族に深い怨みをもったまま崩御されました。

都では変死する貴族が続いたので、上皇の呪いのせいだと云われるのです。

そこで西行法師が一晩中霊をなぐさめ、上皇の怒りをしずめたお祀ろしているのが五色台の白峯御陵なのです。
 

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