山家陣屋
京都府綾部市広瀬町

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舞鶴自動車道、「綾部IC」から77号線を南へ向かい、綾部の街から由良川に沿って国道27を東へ走ります。

5kmほどで由良川と上林川が合流、そこには山家陣屋(やまが)があります。

2005年5月の終わり、季節は梅雨と変わります。 すべての季節を楽しめる、それが陣屋のいいとこなんだよね。

 
  ここは京都の綾部、初めて来たよ、この門をくぐれば公園。

春は梅と桜、夏は緑と上林川の瀬音、秋は紅葉とある。

ここで三木城の話になるとは、びっくりだったよ。
 

 


近江国・宇多源氏佐々木氏の末裔で、福田正之の次男として生まれた谷大膳亮衛好(もりよし)は、美濃の斉藤道三、織田信長に仕えていました。 初めて斉藤道三の登場だよ。

天正六年(1578)、秀吉に従い播磨の三木城攻めに参陣、城に兵糧が入らないように、平田山砦で三木城を囲んでいました。

天正七年(1579)、毛利方は西の加古川を登り、北の小野市から食糧を入び運もうと計画し、月明りの夜に平田山砦を急襲、谷大膳は力尽きて討死しました。(三木平田山合戦)

この時、子・衛友は仇敵室小兵衛を討ち、父の屍を奪い返した戦功で山家を加増され、秀吉から「五三の桐」の家紋を受けています。

衛友は関ケ原の合戦では石田三成に応じていましたが、のち東軍に付き、衛政・衛利・衛広と続いて、十五代で明治の維新を迎えるのです。

『参考文献を参照』

 

  
  「揚羽蝶の紋」

あげはちょう、真ん中が「五三の桐」紋かな。

もともとは皇室の紋で、足利家と豊臣家が朝廷から賜り、武功を揚げた武将が秀吉からもらい受けたことから、全国に広まりました。

中に入ると谷霊神社、灯籠にも紋が残されているよ。
 
陣屋からの風景
 

陣屋は由良川と上林川が合流する所の少し高い山麓、ところで武家屋敷はどこかな。

街の南、無人の山家駅へ寄った、切符を入れる箱が置いてある。

もうすぐ6月、季節は梅雨へバトンタッチ、その前に裏山のお城へ登ってみるよ、つづくからね。

 

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