佐井田城
岡山県北房町上中津井

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  中国自動車道、「北房IC」で降ります。  国道313号線を南へ、下中津井で国道を直角に曲がり、中津井小学校の手前で西へ入ります。

「町民運動公園」の方へ走ると、すぐ標高285mの山頂には佐井田城(さいた)があります。

2004年の5月、去年の夏は備前のお城、一年でやっと一つの国が超えれたよ。

 
  登山途中にあります。

文治三年(1185)の源平の時代に、源頼朝の弟・源範頼に従って平家討伐に参加した山田重英が最初に築いたらしいよ。

姫路からだと一日がかり。 でもこの石垣が見れるなら、真夏でも行けるよね。
 

 
 


標高332mの山上にある山城跡で、鎌倉時代初期の築城で文治二年(1186)、山田駿河守重英の居城であったといわれています。

その後、戦国時代に庄氏の一族・植木下総守藤資が城主となり、以来その子下総守秀長、孫下総守秀資へと受け継がれました。

戦乱の続く中、備中北部攻防の中心城で、津々の加葉山城と連携し、要害堅固な備中三名城のひとつとたたえられています。

「現地案内を参照」

 

  
山麓
  「山麓」

右側には願成寺、左側には霊園。 向こうの山が佐井田城だよ。

登山口は高い木から30mほどの奥の左側にあるよ。
 
登山口
  「登山口」

山麓の鳥居です。

草は大丈夫、すぐに整備された山道になるからね。 ここで杖を借りて登ります。
 

  
屋敷跡
  「屋敷跡」

山麓付近の平らな所に石が沢山ころがっている、屋敷跡だったのかな。

直径2mぐらいの穴があった、登りも降りも見たけど、ほんと何だったんだろうね。 井戸かな。
 
尾根
  「尾根」

尾根は東西に長く、東の端には出丸、しばらく歩くと五の壇・四の壇と続くよ。

壇は道の右側にあるけど、草木がいっぱい。 所々で中の様子を見ながら歩きます。
 

  
一の壇
  「一の壇」

城山稲荷が祀られている。

話は違うけど、人物名の「○○守」の意味が分からないよ。
例えば、植木下総守秀長の「下総守」のことだよ。

その土地の守護か守護代だったのかな、でも「下総」は関東だから、不思議なんだよね。 また教えてね。
 
武者走り
 

「武者走り」

一の壇の南側を降りたところです。

塀の外側は犬が走り、内側を武者が走っていたのかな。 いくら武者でも、ここを走ると頭を打つからね。

この先(手前)に井戸があったらしく、水を溜める備前焼きの甕(かめ)が見つかったらしいよ。

 

  
堀切
  「堀切」

西側は二重の堀切があります。

もう一つ西側にもある、でも写真には木と草しか写ってなかった。
 
佐井田城址
  「佐井田城址」

去年の5月は備前の砥石城や美作の三星城へ行ってた、でも一年でやっと備中の西まで来れたよ。

でもまだ西の新見市や阿哲郡にもお城があるよ。

今年の夏は、備後や出雲の暑き太陽に出会えたらいいよね。
 

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