御坂神社
兵庫県三木市志染町御坂
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播磨風土記には、「志染の里三坂にます神、八戸掛須御諸神は、大物主、葦原志男神の国堅めたまひし以後に天より三坂峯(みさかみね)に下り給ひき」とあります。

祭神の八戸掛須御諸神、大物主神、葦原志男神は三神とも大国主神の別名なんだね。

 
  播磨風土記の地名辞書に延喜式内神社と銘記され、第17代履中天皇がこの神社のご参拝された時、「この川の流れは大変美しい」といったことから、この地域を美嚢郡(みなぎ)と呼ぶようになり、天皇の食膳にシジミが這い上がったことから、志染(しじみ)といいました。

御坂神社(みさか)、この神社は伊和大神が国を固められてから天から下ったところだそうです。
  
  もと志染の志染中という里に鎮座されていましたが、天正年間秀吉の中国征伐のおり、別所長治の三木城攻めの兵火にかかり社殿や古記録など全て焼失し、のち今の場所に移されました。
   
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