岡山県の太平記史跡

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No.
史 跡
名 称
一口メモ 
所在地
寶神社(たから) 建武3年(1336)、足利尊氏公が御通船の時に龍燈上り、軍船大いに喜んでしばらく停船するなど、御神徳の発揚、氏人の尊信誠に篤かったと云われています。 岡山市東区宝伝3803
    
 宇佐八幡宮 建武3年、延元元年(1336)、足利尊氏が多々良浜(福岡)の戦いで大勝し、九州制覇ができたのは、豊前宇佐八幡宮に参籠し、武運長久を祈願したおかげだと、勧請し足利の守護神にしようとしました。 備前市西片上1
   
兼光屋敷跡 城の内築地(つんじ)と呼ばれるこの地は、南北朝時代の太刀を鍛えた褒美として、足利尊氏から当時の名工兼光が賜ったと云われています。 瀬戸内市長船町長船
      
天王社刀剣の森 元弘元年(1331)、足利尊氏が新田義貞に敗れ九州に落ちる途中、この地で再起を祈願しました。
後に願いが叶った御礼に、九州日向から持ち帰り、寄進した松の子孫とされ、昔から日向松と呼ばれています。
瀬戸内市長船
    
餘慶寺
(児島高徳・
和田範長供養塔)
この地は和田範長一族の居城や館があったところで、高徳が7歳の頃から一族によって育てられました。 瀬戸内市邑久町北島
      
 由加神社 南北朝時代、赤松則祐が足利尊氏に従い、九州で戦った時、宇佐八幡宮に参籠し、戦勝祈願を行ったところ軍利を得ました。
そこで神助に報いるため、建武4年(1338)当神社を新しく造営し、現在の位置に遷宮しました。
和気郡和気町大田原438
      
福山合戦 後醍醐天皇の親政が始まり、足利尊氏が論功行賞に不満を抱き、天皇方の新田義貞、楠木正成等と対立、敗れて尊氏は九州へ敗走、軍勢を立て直し、東上して新田義貞軍とこの地で戦います。 総社市清音三因
           
下津井 建武3年(1336)、尊氏は九州から東上途中、新田義貞の武将・大井田氏経軍勢が福山城にて、足利直義との攻防が行われました。尊氏は4日間下津井に船を泊め、福山合戦の勝利を待ったのです。 倉敷市下津井
    
笠懸の森 後醍醐天皇が隠岐へ流される途中、ここでお休みになられ、その際に武士たちは「笠懸け」という武芸を行い、天皇の心を慰めました。 美作市楢原中
    
10 洗顔清水 後醍醐天皇が隠岐に配流される途中、この場所で顔を洗いました。 津山市種
    
11 院庄
十字の詩
児島高徳は、天皇を救出するため、夜に院庄館に忍び込みます。しかし警護が厳重だったため、天皇奪還を残念しました。
そばにあった桜の木に漢詩を掘って天皇を勇気づけたのです。
津山市神戸433
 
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