平重衡受戒の地
京都府京都市南区西九条池ノ内町
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平重衡は清盛の五男で、源平合戦においては墨俣川の戦いや水島の戦いで活躍しました。

南都焼き討ちで、東大寺大仏や興福寺を焼亡させています。

 
  平家物語巻十の「戒文」に、一の谷の合戦にて囚われの身となった平重衡が、鎌倉へ送られるまで八条堀川の御堂に居えられたとあります。

その時、重衡は法然上人に会って、死後のことを相談したいと、守護にあたる土肥次郎実平へ願いました。
  
  その願いに応えられ、法然上人は八条堀川の御堂に居る重衡のもとへ赴かれ、浄土宗の教えを説かれ、戒を授けられたのです。

重衡は木津川畔で斬首され、奈良坂にある般若寺門前で梟首、享年29才だったそうです。

『現地案内を参照』
  
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