後鳥羽上皇 水無瀬宮跡
大阪府三島郡島本町東大寺3丁目29
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JR東海道本線「島本駅」から東の67号線(西国街道)を北へ、500mほどの東側には水無瀬神宮、その道を西へ曲がります。

JRの線路を渡り、100mほど進むと後鳥羽上皇 水無瀬宮跡の石碑がありました。

 
  後白河法皇の子に高倉天皇がいて、その子に安徳天皇、後鳥羽天皇がいます。

寿永2年(1183)、平家は安徳天皇を奉じて西国へ逃れると、後白河法皇が尊成親王(たかなり)を即位させたのが後鳥羽天皇です。

正治元年(1199)、この地に後鳥羽上皇の離宮、水無瀬殿が営まれました。
  
  承久3年(1221)、後鳥羽上皇は鎌倉幕府3代将軍・源実朝の死を機に、執権北条義時追討を計画、山田重忠ら有力御家人の兵を集め承久の乱を起こします。

しかし幕府の大軍に敗れ、後鳥羽上皇は隠岐島へ配流、再び都に帰ることはなかったのです。

『参考資料を参照』
  
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