兵庫県神戸市長田区 | |
兵庫県の源平史跡2 | |
平忠度(ただのり)の塚は一つは神戸市長田区、もう一つは明石市にあります。 今回はJR鷹取駅から南の阪神高速を超え、長楽町7交差点を東へ、2つめの信号の次の道を北へ入ると、平忠度の胴塚(ただのり)があります。 |
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平忠度胴塚(首塚) | |
長田区野田町8丁目 | |
こんな街中にといった所です。 一ノ谷の合戦において敗れ、駒ケ林へ落ちていく途中、源氏の武将・岡部六弥太忠澄に討たれ、惜しくもこの地で戦死します。 近所のおっちゃんが説明したそうに見ていました。 |
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平忠度は清盛の末の弟で、文武に秀でた平家「一門の花」と呼ばれていたんだね。 歌道は藤原俊成に師事し「千載集」にも採られています。 話は違うけど、三重県の伊勢平氏発祥地も「忠盛塚」だね。 2ケ所どころではないのかな。 |
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平忠度腕塚 | |
長田区駒ケ林町4丁目 | |
胴塚から長田港北交差点を東へ、100mぐらいで道の南沿いに案内があります。 前の道を行ったり来たりで発見、ここから細い道を南へ60mぐらいのところらしい。 |
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車では無理なので、南の港側に回って、反対側から来ました。 忠盛は岡部忠澄の家臣に右腕を切り落とされます。 この腕塚は切り落とされた腕を埋めたところで、腕、腰、足の痛みが治ると信仰されています。 現在、肩とヒザが痛いから、丁度よかったです。 |
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