鷺ノ森城

西条市壬生川

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今治小松自動車道、「東伊予IC」から48号線を東へ、国道196号線を北へ走ります。

2008年8月、暑い四国、まだ西条市。 「三津屋南交差点」を越え、1kmぐらいには鷲ノ森城(さぎのもり)がありました。
  
  
ここも河野家十八将の一人、桑原氏のお城。

鷲森神社の境内に石碑、うれしいもんだよ。
 
  
昔は海沿いのお城だったのかな。 東予港から大曲川が入り、2つに分かれて真ん中に神社がある。

周囲が川に囲まれ、海が満潮の時だけ舟で出入りできていたんだ。
 

  
応永年間(1394-1428)、東伊予の諸豪族がしだいに河野氏から離反し、敵対する讃岐の細川氏に味方するようになりました。

そこで、河野通之は家臣の桑原城主・桑原通興に命じて築いたのが鷲ノ森城です。

享禄年間から天正年間(1528-92)、新居浜市の金子山城主・金子元宅と、小松町の剣山城主・黒川氏の攻撃を受けてます。

元亀二年(1571)、金子氏・黒川氏の攻撃では落城かと思われた時、毛利氏と来島城主・来島氏の援護により救われました。

天正三年(1575)、再び金子元宅と黒川通博が鷲ノ森城を攻撃、桑原通国は討死、泰国が跡を継ぐも金子氏の支配下に置かれるのです。

天正十三年(1585)、秀吉の四国征伐が始まると、小早川隆景の軍により城主以下全員が討死し、落城するのです。

『参考文献を参照』

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