郡上市八幡町 | |
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東海北陸自動車道、「郡上八幡IC」から八幡の街に入ると、標高350mの山頂には郡上八幡城(ぐじょうはちまん)がありました。 2008年11月、もう秋だね。 郡上八幡、すごく来たかった、いい街だよ。 |
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寺めぐり、おどり、水の町、そして歴史。 宿に泊まり、街を歩く。 憧れの街、郡上八幡。 やっと来れたよね。 |
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山内一豊の妻・千代です。 大河ドラマでは、近江の出身となっていた。 この郡上には「遠藤盛数の娘が山内一豊の妻」とする系図が残されているそうです。 |
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街が見える、歩きたい。 近寄ると足がジンジン、せめて街を見つめたい。 しかし次の街で待つ城がいる、この街去らねばならぬ。 いつの日か、同じ風景を見に来るよ、郡上八幡そんな街なのかな。 |
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承久二年(1220)、東胤行(とうのたねゆき)が地頭に任命され、子・行氏をこの地に赴任させました。 行氏は阿千葉城を築くと、四代・氏村までの居城となり、のち篠脇城を築いて移り住みます。 天文九年(1540)、越前・朝倉義景が郡上に侵攻した時、篠脇城主・東常慶は、木越城主・遠藤胤縁とその弟盛数の援助により朝倉勢を退けます。 この篠脇城は、郡上を守るのに適しないとして、東殿山城を築いて東常堯(つねたか)に守らせました。 しかし遠藤胤縁が東殿山城を訪れた時、常堯により謀殺されるのです。 胤縁の弟・盛数は兄の仇として、東殿山城を攻撃、城を奪い取り、ついに東氏は滅亡するのです。 遠藤盛数が東殿山城攻撃する時に陣を張った八幡山に築いたのが、郡上八幡城なのです。 『参考文献を参照』 |
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