明石市大明石町 | |
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JR明石駅のすぐ北に明石城はあります。 明石といえば地球の東経135度に位置し、また明石駅から南へ行くと新鮮な魚で名高い通称「うおのたな」があります。 そこの、たこ焼き(正確には明石焼き)も美味しいよ。 |
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本丸を囲って、四隅には三層の隅櫓(やぐら)があります。 ひつじさる櫓、たつみ櫓、うしとら櫓、いぬい櫓と呼ばれています。資材は廃城した船上城、高砂城、三木城、枝吉城、伏見城の木材が使われているそうです。 |
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天守台。 しかし天守は造られませんでした。 説明によると、大坂夏の陣を最後に乱世はやみ、太平の時代になりました。 この頃から造られたお城には天守閣がないものが多いそうです。 |
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「明石大橋」 淡路のお城も行くよ。 夕方暗くなるとレインボーに輝く時間帯(ジャストから5分間)、あまりのすばらしさに、しばらくは歩けなくなります。 |
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元和三年(1617)、信濃国松本城の城主だった小笠原忠政(のちの忠真)が明石に入ります。 二代目将軍徳川秀忠は、忠政に明石築城を命じています。 忠政は徳川家康の曽孫に当たり、また姫路城主の本多忠政は夫人の父でもありました。 のために本多忠政は全面的に協力して、築城から町割りまで一緒に行いました。 町割りは当時小笠原忠政の客分だった宮元武蔵が指導したという話もあります。 小笠原忠政が豊前国小倉(北九州市)に移った後、信濃松本城から松平康直が入りましたが急に亡くなります。 替わって大久保忠職が来るのですが、すぐに肥前国唐津(佐賀)に移りました。 その後は丹波国篠山城から松平忠国が入りました。 忠国は文学が好きで、源平合戦で戦死した平忠度(ただのり)塚を偲んで、自詠の歌を刻んだ石碑を立てています。 後を継承した信之も名君で、幕府を批判して追放された陽明学の熊沢蕃山(ばんざん)を預かっていました。 越前国大野から松平直明が入った後は、めまぐるしく藩主が交代していた明石藩もやっと安定したのです。 『参考文献を参照』 |
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