三草山城

兵庫県加東市社町三草山

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国道372号線の社町で中国縦貫道路を越えてから1kmほど行くと、「やしろ国際学習塾」があります。

その辺りが三草藩陣屋(みくさはんじんや)で、その北東の標高423m三草山には三草山城(みくさやま)があります。

2004年1月、「三草山合戦」とよばれる源氏と平氏の古戦場跡には小雪が舞っているのです。
   
   
尾根には曲輪跡や土塁、石積みがあるらしいけど、よくわからなかった。

小雪舞う城跡探索は山頂まで来るだけで精一杯です。
 
  
「三草山登山コース」

三草山の山頂までは、三草コース(2.5km)、鹿野コース(3.3km)、畑コース(1.4km)の3つの遊歩道があります。

今回は三草コースで登りました。 国道372号線にある「古戦場跡」の標識のところから入ると、大きな駐車場があります。
   
   
「昭和池」

登り始めて1山目の途中、振り返るときれいな池が見えるよ。

駐車場のすぐ隣にあるから、帰りに池の土手に登って眺めた。 近くでもきれいだったよ、しかしこの土手の坂が意外ときついよ。
   
   
何個か山を越えて、登山口から2kmぐらいのところです。

遠くに池が見えるけど、あんな遠くから来たのかとびっくり。 でも違う池みたい。

スキーする様な姿で降りてくる人に出会ったけど、どこまで行っていたのかな。 でも、いいのだろうかホームセンターで買ったシャツだけで。 
   
  
「丹波方面の山」

もうすぐ山頂。

北側は雪雲で真っ黒になっているよ、ここも少し舞ってきたよ。 やっぱり、スキー姿だよね。

夏に登山靴を買ったけど、一度も使ってないよ。 深い理由は無いけど、苔縄城でクイが刺さったままの運動靴が何故か安心するんだよ。
   
   
 山頂です。 そんなに広くはないけど、やっと落ち着きました。

南北朝時代には赤松円心の子・氏範と氏康の兄弟が城を築いています。

赤松円心はじめ一族のほとんどは、天皇方つまり南朝から北朝方に変わったのですが、この氏範は南朝のままでした。

加古川の天神山城を本拠に、有馬郡の三田城主でもあったのですが、追い詰められた最後は播磨清水寺で自刃しています。

播磨清水寺は直線で5kmぐらい北東の篠山市境界近くにあるよ。
   
   
「三草山神社」

京都北野天満宮から勧請された「三草山神社」などがあります。

北野天満宮はよく聞くけど、菅原道真公を祀っているところだね。 そしたら菅原道真って、考えてると雪が舞が強くなってきたよ。

ここから、明石海峡大橋や淡路島も見えるらしいけど、毎日見ているから、今日のところはよしとしよう。

誰もいないし、早く降りよう。
   
   
「春の香り、三草山」

雪が消え、日が差してきました。

ジャージ姿の若者が走って来ます。 山頂を聞かれたけど、あの尖った所が頂上だったのかな、自信がないよ。

畑コースは「義経道」で、鹿野コースでは「天狗岩」が見えるみたいよ。 今度は、春の香りが舞う三草山に来てみようかな。
   

    
後白河法皇は、源氏軍の木曽義仲(源義仲)に平家追討と京の治安維持を命じたため、平氏は西海へ落ち、屋島を本拠地として勢力の回復を図りました。

寿永二年(1183年)、法皇は源頼朝に木曾義仲追討の命を下しました。

当時、備中水島で平重衡、通盛らと戦っていた義仲は京に急ぎ帰り、法住寺殿を攻め、法皇を五条東院へ幽閉し、朝廷に強請して征夷大将軍になりました。

寿永三年(1184)、源義経は義仲討伐のため関東から軍を京へ進め、その時義仲は近江瀬田で矢が顔に当たり討ち死にしました。

その頃、勢力を回復した平家は神戸須磨・明石の「一の谷」に城郭を構えて反撃の時を待っていたのです。

木曽義仲を討った源義経、土肥実平、武蔵坊弁慶ら二万騎は、京都から丹波経由で一の谷へと向かいました。

その途中、この三草山まで押し寄せた時に、平資盛・有盛・師盛ら七千騎が陣を張っていたのです。

義経は夜討ちをかけ圧勝、鵯越え(ひよどり)をして「一の谷合戦」へと軍を進めたのです。

  
  建武二年(1335)、後醍醐天皇の「建武の政権」が始まった頃、足利尊氏は弟・直義に鎌倉を守らせていました。

しかし、新政がうまくいかないと見た北条時行・泰家は鎌倉幕府の復活を図るため、直義を攻めて鎌倉を奪回するのです。(中先代の乱)

これに対し、尊氏は鎌倉に向かい北条氏の撃退が終わると、若宮大路の旧幕府跡に館を構えて自ら征夷大将軍と称しました。

この時から後醍醐天皇と尊氏は対立、天皇は新田義貞に尊氏討伐を命じたのですが、「箱根竹ノ下合戦」で尊氏勢が勝利、その勢いで京を目指しました。

しかし京に入った尊氏は、陸奥の北畠顕家と河内の楠木正成に敗れ、京都から丹波、そしてこの三草山を越えて、兵庫の湊から九州へと落ちていくのです。

『参考文献を参照』

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