日和佐城

徳島県海部郡美波町

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徳島城から55号線をひたすら南へ走ります。

阿波室戸シーサイドライン「日和佐駅」から東、対岸の小高い山には日和佐城(ひわさ)が見えました。
  
  
しかし遠い、行けども行けども着かないね。 四国一周は簡単そうだけどね。

中は展望台、展示室、春には町内の桜の名所になるらしいよ。
  
   
この石垣、徳島城の石垣に色艶が似ている。

天正13年(1585)、蜂須賀家政が阿波に入った時、日和佐城は廃城になった。

蜂須賀父子もいろいろと現れてくるね。
  
  
山頂に天主が浮かぶのは、絵になるよね。

目に焼き付け、徳島城の方へ帰るよ、大変大変。

早く行かないと、浜から「ウエルかめ」が現れてくるよ。
  

 
当地は、平安時代に「和射郷」の中心となり、鎌倉室町時代にわたり、「日和佐庄」と呼び、安土・桃山時代(天正初期1570年代)にこの地の豪族日和佐の後裔、日和佐肥前守が長曾我部勢の侵攻を防ぐため、標高60mのこの地に城を築いたとされています。

天正10年頃、長曾我部勢の侵攻により落城、主将の和佐泉守一族は、軍門に下ったが、住民はこの地を城山と呼び、また日和佐城址として親しんできました。

当時は東西が40間、南北が22間あり、石垣も所々昔を偲ばせるものがありましたが、今は新日和佐城となっています。

『現地案内を参照』

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