琵琶湖を歩く 22日目

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長浜〜虎姫
やっと長浜を過ぎていくよ。

三成の故郷かな、関ヶ原では大変だったよね。

歴史に「もし」があるから、面白いんだよね。
  

    
    
長浜駅から東へ歩く。

この辺りは、いつも伊吹山が見える。

今日も遠いなぁ。

   
    
「上坂城跡」

ここは上坂神社、戦国時代は上坂氏の館跡だった。

上坂氏は北近江の守護・京極氏の執権として実権を握ります。

羽柴秀長の家臣となり、関ヶ原で西軍として転戦したのですが、敗れて帰農するんだよ。

    
    
石田神社です。

石田三成の出生屋敷跡や供養塔もあります。

明智光秀の本能寺、石田三成の関ヶ原。

この2つの勝者が違えば、現在の日本はどうなっているのかな。

     
     
今日は石田三成祭だね。

人がいっぱい、コンサートをしているよ。

後世に影響を与えていたとは、三成もびっくりだよね。

      
     
真田幸村の父・昌幸ははじめ甲斐の武田氏に仕え、武田氏滅亡の後は上杉氏、北条氏、徳川氏と力を合わせています。

関ヶ原では、幸村とともに西軍に付き、徳川秀忠が中山道を西上するのを阻止していたんだよ。

   
    
長束正家は丹羽長秀の家臣でしたが、経済通であったので秀吉の側近となります。

五奉行の一人、秀吉の後は三成に心うたれ、関ヶ原では行動を共にします。

合戦後は、蒲生郡中之郷(日野町)で自刃するのです。

     
 
もとは筒井順慶の家臣で、筒井家滅亡とともに、近江の国、高宮に陰棲していました。

三成は自分の武が足りないと思い、左近に誠意を込め家臣になるよう懇願します。

でも関ヶ原で討たれてしまうのです。

   
  
信長勢と浅井・朝倉軍勢が戦ったところだね。

こんなところで、信長の運命を決めた戦いがあったとは、とても想像できないよ。

   
    
横山城が表舞台に登場するのは、姉川の合戦やそれ以降の織田・浅井の攻防においてです。

浅井氏から横山城を奪った秀吉は、浅井氏滅亡までの三年間、この城を利用しているんだね。

   
 
虎姫に着きました。

勝敗はのちの歴史に結びついているね。

歴史を「もし・・」で教えてくれたなら、もっと興味深い世界を見ることができたのにね。

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