鶴林寺

兵庫県加古川市加古川町北在家424

兵庫県の古代史跡
  
「かくりんじ」と言います。

物部守屋ら廃仏派の迫害をのがれて隠棲していた高麗(こま)の僧・恵便法師の徳を慕うて聖徳太子が秦河勝(川勝)に命じて太子堂を建立し、釈迦三尊四天王を祀り、四天王寺聖霊院と名づけられたのが始まりです。

その後養老2年(719)、元正天皇の時、武蔵国の太守・大目身人部春則(むとべはるのり)が太子の偉徳を顕彰するため七堂伽藍を建立し、天永3年(1112)、鳥羽天皇から勅額をいただき、「鶴林寺」と寺号を改めました。
  

播磨法隆寺とも称され、古くから「刀田の太子さん」として人々に親しまれています。

平安時代の壁画が見つかり県下最古の木造建築物・国宝「太子堂」や、泥棒が盗み出し壊そうとしたら「アイタタ」という声が聞こえてきたため、改心したと云われる「金銅聖観音像」などがあります。

『現地案内を参照』