松平昌親公は、福井藩三代藩主忠昌公の三男です。 正保二年、越後藩の内二万五千石を以って分封せられ、慶安元年12月3日立町の里に館を建設する事を許可されました。
明暦元年6月11日、吉江邸に入られた、吉江町の誕生は実に此の時でした。 延宝二年、福井藩四代藩主・光通公逝去されるに当り、福井藩五代藩主となり、吉江藩は福井藩に合併されました。
吉江藩の在立は、十九年余でしたが、公は帰藩後も吉江町の発展の為、意を注がれ、税の減免産業の興隆等、善政を以って臨まれました。
この後、吉江町は丹南地方の政治経済の中心として栄えたのです。
『現地案内を参照』
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