小田原城
|
神奈川県小田原市城内
|
|
Top お城の一覧 探索一覧 写真一覧 |
|
|
東海道本線「小田原駅」から南に歩く、ここは北条五代のお城、小田原城だよ。
2009年5月。 新幹線、でも遠い、遠いよね。
|
|
|
|
|
駅の改札口、大きな小田原提灯、おさるのかごやはどこかいな。
北条早雲のお城、戦国武将として憧れてしまうよね。
岡山出身というのも嬉しいな。 |
|
|
|
|
鎌倉幕府の重臣・土肥遠平が小早川氏を名乗り築いた館が始まりです。
建保元年(1211)、小早川氏は和田合戦で敗れ、安芸国へ去ったのが安芸小早川氏の始まりです。
応永23年(1416)、上杉禅秀の乱で功績があった大森頼春に城が与えられました。
明応4年(1495)、北条早雲は伊豆から相模へ進出、大森藤頼に近づき、鹿狩りと油断させ、突然小田原城を奪い取っていまうのです。
のち北条氏は、氏綱・氏康・氏政と続き、武蔵へも進出し関八州を支配しています。
天正16年(1588)、秀吉は北条氏政・氏直父子に上洛を要請、これに応じないため、秀吉は二十一万の兵で小田原城を攻めるのです。
秀吉は北条方の支城を攻略、西方の石垣山に一夜城を築いて小田原勢を圧倒、北条氏は降伏し、氏政・氏照は切腹、氏直は高野山へ追放され、ついに小田原城は落ちたのです。
『参考文献を参照』
|
|
|
|
|
|
|
秀吉軍が迫る、城内では籠城か出撃か、連日評議が開かれる。
なかなか決まらない、「小田原評定」。
天守から見た小田原市街、海も近い、風がいい。
木のイスで三十分の休憩、ゾウさん眺めてた。 |
|
|
|
|
湯元温泉、箱根登山鉄道で4つ目かな。
駅を出て早川を渡る、湯煙が見えるまで坂を上る。
ここは早雲寺、秀吉が本陣としたんだ。
氏政の弟・伊豆韮山城主の氏規は許され、大坂狭山へ移される。
その五代後、氏治によりお墓が建てられたのです。 |
|
|
|
|