応永十九年(1412)、皇統が北朝から南朝に譲られないことに激怒した伊勢北畠氏3代・満雅が挙兵、その時、船江城へも軍兵を籠らせています。 この時は、土岐氏により鎮圧、翌々年に再挙兵、足利義時の命で土岐持益・仁木満長らの軍勢に敗れ降伏しています。 永禄十二年(1569)、織田勢の伊勢攻めの時には、北畠氏の被官・本田氏が立て籠もったと云われています。 『参考文献を参照』