鬼薗山城
奈良県奈良市高畑町

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  2008年3月、春になりました。 しばらくは古都探索、昔の出来事、歩いてたずねてみるよ。

 
  ここは奈良ホテル、この丘がお城だった。

経覚(きょうがく)は、本願寺八世の蓮如を弟子に預かった人です。

十三歳で興福寺大乗院の考円の元で出家し、のち大乗院門跡となりました。

東の丘には、一時期代わりの城として西方院山城があるよ。
 

 


文安元年(1444)の頃、大和は北の筒井氏、南は越智氏と二分し対立していました。

筒井方には順永の兄・成身院光宜が勢力を持ち、越智氏には古市胤仙・豊田頼英が付いてます。

大和の支配を目指す筒井氏に対抗して、経覚も越智方に付いて陣所としたのが、この鬼薗山です。

文安二年(1445)、鬼薗山城は筒井・成身院方に攻められて、自ら城を焼きました。

のちお城は、成身院光宜が城主となり、康正元年(1455)には越智方が入ります。

長禄二年(1458)、お城の必要性はなくなり廃城となりました。

『参考文献を参照』

 

  
 

「奈良の街並み」

興福寺や奈良公園の南、街中に入る。

JR奈良から続く三条通りのにぎやかさから、この街並みに入ると静か。

皆も奈良の街並みは意外と見ていないと思うよ、ゆっくり見てね。

 
 

「今西家書院」

興福寺大乗院門跡の四坊官の一つ、福智院家の邸宅です。

大正時代に酒屋の今西家の所有となりました。

  

  
 

「身代わり猿」

奈良町資料館だよ、お猿が沢山ぶら下がっている。

背中に願い事を書くと叶うらしいよ、もっともっと沢山お猿がいるよね。

 

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