安田城
富山県富山市婦中町安田

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  JR北陸本線は富山駅の南に富山城、44号線を西へ走り、神通川を渡り、五福交差点から59号線へ入ります。

北陸自動車道の手前で東へ曲がると、安田城(やすだ)がありました。

2009年10月、初めての富山探索。 この戦いで越中の戦国時代は終わるだよね。

 
  大峪城のすぐ南、公園になっている。

駐車場から堀を渡る、全体は起伏グリーン。 よく整備され、家族で遊ぶ場所だね。

向こうで青年達は何かの後片付け。

足元に描かれた越中征伐の勢力図、よく出来ている。

白鳥城・大峪城・安田城の秀吉勢が富山城と真っ向対戦しているよ。
 

 
安田城が築かれたころの日本は、戦国時代の末期で、秀吉による全国統一が進行中でした。

当時、越中国を治めていた佐々成政は、家康と組んで秀吉に対抗していましたが、家康が単独で秀吉と講和を結んだため、一人秀吉に対抗するかたちになってしまいます。

10万人の兵を動員した秀吉の越中攻めが始まりました。 四方を敵に囲まれた富山城の成政は降伏、秀吉は成政の越中領地を没収し、前田家には砺波(となみ)、婦負(ぬい)、射水(いみず)の三郡を与え、残りの新川郡を成政に与えました。

のち、成政は肥後(熊本県)に移され、そこで一揆の責任をとって切腹をするのです。

『参考文献を参照』

 

  
  全体を堀が囲む、少女が落とした風船、長い棒で引き寄せる。

なかなか取れない、最後はパンとはじけてしまった。

そうか、青年達は風船を使ったゲームをしていたのかな。

あと一つ、近くに見える山、白鳥城も近いんだ。