兵庫県神戸市兵庫区七宮町 | |
兵庫県の源平史跡1 | |
JR兵庫駅から南の阪神高速下の43号線を東へ走ります。 七宮交差点を越えて、100mほどで、鎮守稲荷神社があり、境内には平経俊(つねとし)の墳がありました。 |
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若狭守経俊は、平清盛の甥で一ノ谷の合戦に華と散った平敦盛の兄です。 湊川の合戦で鵯越の守備についていましたが、戦利あらず長田の森を経て、西出の浜へと落ち延びていきました。 そこへ源氏の範頼の郎党名和太郎に追いせまられ、勇ましくも組打となり、当地で落命します。 時に寿永3年2月、御歳わずか十八才でありました。 |
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同じ社に「高田屋嘉兵衛の献上灯篭」があります。 文政七年、海の豪商として活躍した高田屋嘉兵衛が、海上安全を願って献上したものです。 前の道路を通る度に気になっていたよ。 『現地説明を参照』 |
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