法華堂跡

神奈川県鎌倉市西御門2-5
神奈川県の源平史跡
 

この平場は、鎌倉幕府第2代執権の北条義時の法華堂(墳墓堂)が建っていた跡です。

北条義時は、父の時政や姉・政子らとともに源頼朝による幕府の創建を助けました。

承久3年(1221)、承久の変においては後鳥羽上皇を破り、これ以降、鎌倉幕府は全国的な政権として強固なものとなりました。

義時は貞応3年(1224)に62歳で没しました。 『吾妻鏡』には、頼朝の法華堂の東の山上に墳墓の地とし、そこに新法華堂(義時の法華堂)を建てたことが記されています。

義時の法華堂は鎌倉幕府の終わりには途絶えたと云われています。

『現地案内を参照』

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