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温羅を征伐するために、第7代・孝霊天皇の王子・大吉備津彦命を派遣します。
彦命が矢を放てば、温羅の矢と空中で噛み合い、海中に飛び入り、その処に宮を建てたのが、ここ矢喰宮と云います。
彦命は再び二本の矢を放つと、一つは喰い合って海中に入り、もう一つは温羅の左目に命中し、血は流水のようになり、その所を血吸川と云いました。 |
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温羅は雉となると、彦命は鷹となり追い、温羅は鯉となって血吸川に入ると、彦命は鵜となって噛んでこれを揚げ、その地は鯉喰宮といいました。
ここの大きな石は、矢が姿を変えたものといわれたり、温羅が投げた岩とも云われています。
『現地案内を参照』 |
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